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自己分析3

小学生になると、水泳を習い始めた。
最初は楽しく通っていた。
別にセンスがあったとは思わないがスムーズに進級していったのだ。
それが認められ大会に出ることになった。
そういう子供たちは集められ育成クラスで練習することになるのだが。上手に泳げるようになる練習から速く泳ぐ練習に変わると非常に苦しかった。

しかし、初めて大会に出た充実感は凄かった。そしてメダルなど貰おうものなら子供の自尊心を満たすには十分だったのだ。
耐えて耐えて最後に解放するというMっ気はこのとき培われたのだろう。
育成クラスは何時の間にか選手クラスに変わり、ベストタイムを出すのが目標となっていた。

そのプレッシャーは凄かった。
大会で自分の出番を待つ間、どうしたら逃げ出せるか考え、隣のコースの知らない子にゆっくり泳ごうぜと促したり、お腹をさすって痛いフリをアピールしたり。あらゆる妄想をしてヘブン状態になるが、無常にも出番はやってくるのだ。

ピストルが鳴り水に飛び込むと冷たさで我に帰る。
そうだ、ここも戦場だった。
遅いタイムで泳ごうものならコーチになにを言われるかわからない。そのせいで練習がハードになることも考えられる。ここではそれは死を意味するのだ。
生きて帰る為には死に物狂いで泳ぐしかない。
しかもコーチは姑息にも呼吸の回数を数えている。呼吸が多いことは罪である。遅くなるからだ。
無酸素運動で体を限界に追い込むと体なんてうごかない。
しかしラスト12.5mはラストスパートをかけろと洗脳されているのだ。残った力を振り絞り必死にバタ足をする。
本当にこれが辛いのだ。夢に出るくらい辛い。お尻の穴が開いて全部出てしまいそうなくらい力がはいらなくなる。

なんと哀れな小学生なのだろうかとみんな思っていたに違いない。
ゴールすると嗚咽してしまうくらい苦しかった。
しかしベストタイムがでると安心とともに嬉しかったのも事実である。
この頃からなんとなく気付いていたのは僕にとって敵というのは隣のコースの彼ではなく自分だったのだ。

スイミングスクールで選手として中学卒業まで続けた。
この時培われた体育会的ノリと自分の内面と向かい合う時間はのちにものすごい影響を与えたと思う。
水泳選手とは孤独で常に自分と闘わなくてはいけないのだ。
このころはまだぼんやりとしかわかっていなかった。
それを自覚するのはもう少し後である。



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コメント

憶えてるよー、近隣の小学校を集めてやった、連合水泳大会とか言ったかなあ。ippeiさんヒーローだったよね。

投稿: おか | 2012年6月 1日 (金) 21時34分

あざーす。人生の頂点だったかも。がんばらねばw

投稿: ippei | 2012年6月 2日 (土) 02時10分

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