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2012年5月

自己分析2

母は放任主義だった。そして幼稚園の年長の僕に言った
あなたには口があるのだからわからなかったら駅員さんに聞きなさい。と

二男の手を握り新宿へ向かっていった。
僕はうんと頷いて午後まで幼稚園にいた。

さてここは祐天寺。母が待つ新宿住友ビルにはスイミングスクールがあるのだ。
そこに向かうことになにも疑問は抱かなかった。
長男は母に言われた通りに新宿へ向かうのだった。

祐天寺から東横線で渋谷に出て山手線に乗り換え新宿へ。

当時のことはほとんど覚えていない。ただ安心していた。
それは母がわからなかったら聞きなさいと言った言葉にである。
ただ母の言ったことを盲信している、まるで憐れな仔羊である。もし何かあったという時のことはまったく考えていなかったのだから。
信じるということは時に強く、時に恐ろしい

幸い無事に新宿についたようだ。記憶には全く残ってはいないが。今こうして文章を書くことができるからだ

大人になった時母に聞いてみた。
五歳の子供を一人で向かわせることに不安はなかったのか。と

そりゃあ心配したわよ
一か八かよ。何かあったら口があるから聞けばいいでしょ。と

また口だ。どうやら僕は賭けに勝ったお陰で今生きているようだ。

母の放任主義のお陰で子供達だけで新幹線に乗って島根に行くことができた。
いとこと叔母は不安でしょうがなかったようだが、母は笑って送り出した。
僕も笑っていた。

そんな風に育った僕はなんでも自分で勝手にやりたいようだ。
人に指図されることに慣れていない。
人生ずっと一か八かなのか?
わからなかったら聞くからね



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自己分析その1

僕は四人兄弟の長男として産まれた。兄弟がいるからそこには必ず競争があった。台湾で産まれた母は料理は必ず大皿で出し、自分の好きな量だけとって食べるスタイルだった。
自分の分が皿に取り分けられて出されることには未だに違和感がある。なぜならそこは戦場だからだ。
自分、父、二男の壮絶なバトルが始まる。少ないおかずで出来るだけご飯をかきこむ。二男はご飯の上におかずを乗せてキープしつつ別のおかずを食べる戦術だ。
自分はけしてそんなことはしない。なぜならご飯は白いまま食べたいからだ。
父は汗をかきながら、もくもくと食べる。大人気ないと母に言われても構わず食べる。
父も子供たちに社会の厳しさを叩き込む為に必死なのだ。
まだ小さかった三男は完全に競争で負けていた。サバンナだったら餓死していただろう。
三男の偏食ぶりはこれが原因だと思う。非常に申し訳ない。
しかしあの頃は奴にかける慈悲などなかったのだった。
こうして幼少期を過ごした。
長男だからワガママもたくさん言ったが、そこには二男と妹からの批判を受けるリスクがあるのだ。
要求がすんなり受け入れられることはなかった。だから無償で色々与えてくれる人、要求に応えてくれる行為には素直に感謝してうんと言えない自分がいる。
そういうことには慣れていないからである。疑ってかかってる自分もいる。

ひねくれたその性格は家庭環境がそうさせたのだった。

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NATURAL HIGH 2012

富士五湖湖畔でのかせきさいだぁ&ハグトーンズのRECを朝5時までして、
少し寝てから道志の森キャンプ場に向かいました。
30分ほどで到着。

ソフバンはまったく電波が届かずずっと圏外。
係の人に案内してもらい車をステージのそばに止めるとAUTOくんがいましたw
もう来ないかもしれないと思われていたようです、連絡も全然とれないしね。ごめんなさい

3
ステージは池のほとりの気持ち良い場所。
4
AUTOくんのDJプレイを60分堪能。いつも 気持良い曲かけますね。

ちなみにこんな曲たちやってます

http://soundcloud.com/abstractlife

その後DUBセッション。
今回はピアニカとキーボードでプレイしました。

レコーディング直後でおチャクラ全開モードwだったため
耳もさえていい演奏できました!!
AUTO君のスクラッチに反応しながら音を山の向こうにディレイで飛ばします。

気持ちよかったな。最高でしたね。

その後はAUTOくんのキャンプの場所でごちそうになったり色々会場をうろつきました。
Amy.も文以外は集結プラス、ケンタと女子1人でアジカンを見たりしました。

車で寝てみたり、ご飯食べたりして待てども相方たちは現れず。
連絡も取りようがないので持ってる機材での1人ライブも頭をよぎりましたw

まあ来ましたけどね。

その後ご飯をまた食べて、東田さんを見て挨拶してから準備です。

Tariki Echoの会場はリバーステージ2

直前ではガラガラでまあそんなお客さんも来ないだろうと思いつつ
サウンドチェック。

相方が兄弟船のセルフリミックスをかけて絶叫していました。
それを冷たい目で見ながらディレイの具合をチェック

そんなに大きい会場でもないのでハウリングも心配なさそう。よかった。

弟の仁平がスタッフとしてキレキレの動きを見せてくれたので相方の世話は任せましたw
KOOLOGIなどで大きいフェスにも出てるので段取りもわかっているし安心でしたGJ!!

すぐに本番時間が迫ってきたので着替えて準備
1
なんでしょうこの感じww

始まってみればそこそこお客さんもいる感じです。

しかし。メットのバイザーでお客さんはまったく見えず
3曲目くらいまでは淡々と進んで行きました。

皆、なんだかよくわからないから冷静に見てるのかなと思っていました。
MCでしゃべると意外にいい反応が返ってきたので、おや?と思っていましたら
曲中にフラッシュがたかれるとお客さんが見えました。

なんと座っていたはずの方々が一斉に踊り始めたではないですかw
6
まったく外の状況がわかっていなかったので突然の狂乱にうろたえつつも
FAT BOY SLIMのPUT YOUR HANDS IN THE AIR!のサンプルをパッドでたたけば
皆が手を空に掲げながら念仏で踊りまくるという
踊念仏2012状態w
正直予想外の反応に笑いが止まらなかったです。
でもなぜか日本人の祭りというものはこういうものなのではと想いをめぐらしましたね~

宗教の力って言うのはただ小難しいことを言うだけではなく、こういうパワーも昔から伝えてきたのではないかと思いました。

MCでは住職!TARIKI ECHO!供養してくれ!などの声も飛び交いカオス状態

盛り上がる気持ちと裏腹にキーが低いお経は難しかった
どうしてもピッチ上ずってしまいますね。だって盛り上がってるんだもんw

後バイザーの色も薄くしないとお客さん見えないね、うん
5 顔みえてますけど。

最後は添引念仏回向で静かに終わり。皆で合掌、礼拝。
皆さんちゃんとやってくれるもんですね。素晴らしい

終了後、鳴りやまないアンコールでしたがもう曲がないので終了。
こたえられず残念です。

いやー楽しい時間でした。
この形態での初ライブがフェスということになって
成功して一安心。

満足気な相方は早く次のライブがしたいとご満悦の様子。
僕はその表情を冷たい目で見ながら帰京しました。

来てくれたお客様、スタッフの方々ありがとうございました!!!

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